たとえ全てがウソであっても

スピッツ『フェイクファー』

フェイクファー

フェイクファー

青春時代に最も聴いたアルバム。
タイトルのフェイクファーは偽物の毛皮。でも暖かい。
転じて、ウソでも暖かいなら良い、という意味だそう。

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#4『運命の人』
よく聴けば、これは恋に溺れた愚かな男の歌。
どこか破滅的にすら聞こえます。
『だから君は運命の人』ではなく、
『でもさ君は運命の人』なのが良い。

冒頭の『バスの揺れ方で人生の意味が分かった日曜日』をはじめ、
『愛はコンビニでも買える』だの
『無料のユートピアも裸足で通り過ぎる』だの、
挙げ句の果てには『自力で見つけよう 神様』。
人生の意味、愛、楽園、神様...。
これらに現実的で冷めた視線を送る一方で、
『君は運命の人』と特別視してしまう。
(『でもさ』がその愚かさを強調している)
運命なんて、と笑い飛ばしそうな雰囲気だったのに。
恋は盲目ですね。

本人もちぐはぐさに薄々気付いているからこそ、
『悪あがき』と言わざるを得なかった。
明るい曲調は、単なるカラ元気かもしれない。
一見ハッピーな歌詞も、幸せなふりしようと『かっこつけて』いるだけかもしれない。
しかし、ヒネくれた言葉の中に垣間見える、
純粋で頼りなさげな想いが胸を打つのです。

『この地球の果てまで』走れるはずはない。
でも、その決意はとても尊いものだと感じます。

#9『謝謝』
内容は決してポジティブではない。
しかしどこまでも明るいメロディーで歌う。
『今ここにいる』というフレーズが、
やっと辿り着いた境地で、
精一杯の表現だったのでしょう。

#12『フェイクファー』
そして、最後はこのアルバムの象徴ともいえる一曲。

分かち合う物は何も無いけど
恋のよろこびにあふれてる

偽りの海に身体委ねて
恋のよろこびにあふれてる

今から箱の外へ 二人は箱の外へ
未来と別の世界
見つけた そんな気がした

箱の外へ出ようとして、
新しい景色を見たのかと思いきや、
『そんな気がした』と締め括る。

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このアルバムは、聴けば聴くほど辛さが伝わってくるよう。
暖まるためなら虚構の世界でも構わないなんて、
諦めにも似ている。
しかし、これはスピッツの決意。

妄想の世界に逃げてきた彼らが、
現実と折り合いをつけるために嘘を受け入れることに決める。
ある意味では最大の逃避だが、それも立派な戦い方の一つ。

遠い春の訪れを予感させる、素敵な一枚です。